「親指姫」(アンデルセン)

周囲の人たちはちっともめでたくありません

「親指姫」(アンデルセン/天沼春樹訳)
 (「アンデルセン傑作集」)新潮文庫

子どもが欲しくてたまらない女性が、
魔法使いの言葉通りに
大麦の種を植えると、
その花の中から「親指姫」が現れる。
ある日、姫が眠っていると、
ヒキガエルが
自分の息子の嫁にしようと
彼女をさらってしまう…。

「親指姫?あれだろ、
親指サイズのお姫様が…ええと…」
誰でもが知っているけど、
きちんと読んではいない…
童話は得てしてそういうものでしょう。
というわけで読んでみました。
新潮文庫から出版された
「アンデルセン傑作集」。
今回取り上げるのは「親指姫」です。

ヒキガエルに誘拐された親指姫。
その後も姫は、
コガネムシやモグラのもとでの
暮らしを余儀なくされます。
とまあ、こんなふうに書くと、
何とも理不尽な運命に翻弄される
お姫様の物語です。
でも、ヒキガエルに拉致されたときは
周囲の魚が逃がしてくれる、
コガネムシには追い出される、
モグラの穴の中で
介抱したツバメに助けられる。
それなりに何とかなった上に、
最後に花の王子様と結ばれる。
「めでたしめでたし」で
終わることができます。
しかしよく読むと、周囲の人たちは
ちっともめでたくないのです。

親指姫を授かった女性にしてみれば、
ある日突然姫が失踪したのです。
ヒキガエルの粘液など、
犯罪の痕跡も残っていたでしょう。
かわいがっていた娘が
誘拐拉致されたとしたら、
悲劇以外の何物でもありません。

また、ヒキガエルから逃れた姫は、
知り合ったチョウの体と
スイレンの葉をひもでつなぎ、
川を下っていました。
その途中で次はコガネムシに
さらわれるのですが、
チョウの運命は一体どうなるのか。
チョウが自力でひもを
ほどけないという状況は
作品の中でも説明されています。
その先を想像すると、
チョウが気の毒になります。

さらにモグラから救ってくれた
ツバメに連れられて
宮殿にやってきた親指姫は、
花の王子に一目惚れ。
姫に恋していた
ツバメの立場はどうなるのか…?

でもいいのです。
童話ですから。
子どもはそのような些末なことは
気にしません。
ヒロインの親指姫が幸せなら、
それだけが心にずっと残るのです。
私たちが童話の細部を忘れているのも
そうしたことの現れでしょう。

子どもの頃に読んだ童話は、
大人になってから読むと
いろいろなことに
気がついてしまうのですが、
いいものはやっぱりいいのです。
新潮文庫さん、次は
イソップ童話、グリム童話の新訳、
出して下さい。

(2019.4.9)

【青空文庫】
※本作品はこちらから
 読むことができます。
 ただし、本書と訳者が違います。
 さらに、
 綺麗な挿絵が収録されています。
「おやゆび姫」(アンデルセン/大久保ゆう訳)

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